新元号は令和(れいわ):昭和→平成→令和へ:元号の本質


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2019年4月1日

ついに新元号が発表されました。

新元号は令和(れいわ)

日本で古来からある元号。

今回は元号の意味と、その本質について歴史とともに記載していきます。

新元号を決定した有識者と意味

平成から変わる新元号を決定するために、9人の有識者が集められました。

メンバーは、

  • 上田 良一(NHK会長)
  • 大久保 好男(民法会長)
  • 鎌田 薫(日本私立大学団体連合会会長)
  • 榊原 定征(前経団連会長)
  • 白石 興二郎(日本新聞協会会長)
  • 寺田 逸郎(前最高裁長官)
  • 林 真理子(作家)
  • 宮崎 緑(千葉商科大教授)
  • 山中 伸弥(京都大教授)

そして、令和の選定の引用元となった万葉集。

実際には、万葉集の梅花(うめのはな)の歌の三十二首の序文が引用されました。

万葉集

天平二年正月十三日 萃于師老之宅、申宴会成、于時、初春月、気淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

(天平二年正月十三日 師の老の宅に萃まりて宴会を申く。時に初春の月にして、気淑く風ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす)

日本の元号は、これまで出典元はほとんどが漢籍(中国の書籍)でした。

今回、初めて国書(日本の書籍)が典拠となる元号となりました。

新元号発表で加熱する報道

今回の新元号発表。

発表に至るまでの間、あらゆるメディアが連日のように元号予想やアンケートを実施しました。

そして、新元号発表当日の2019年4月1日も元号発表に向け、各局が大型特番を組んでいました。

NHK は朝ドラ後の8時15分からすでに、3時間に及ぶ大型特番の放送を。

しかも、スタジオ解説に宮内庁担当だけでなく、なぜか安倍総理御用記者の岩田明氏子まで起用。

ちなみに羽鳥慎一のモーニングショー(テレビ朝日)でも、御用ジャーナリスト・田崎史郎氏が解説をしていました。

元号の本質:元号は本当に必要?

天皇陛下が退位され、新しい天皇陛下が即位される。

その際に従来通りごく普通に行われている元号の改定。

そもそも必要でしょうか。

これについては賛否両論あると思いますが、少し考えてみます。

現実的に考えて、元号は非常に不合理です。

日本の官公庁や公的機関の書類は、基本的には元号表記であり公的には元号使用が強制されています。

実際に元号発表が行われた数分後には、新元号が記載されたカレンダーも販売されていました。

しかし、元号は国際社会にはまったく通用しない上に、日本国内でも西暦が完全に定着し国民生活では西暦が中心になっている。

そのため、ことあるごとに元号表記を西暦に、あるいは西暦を元号に換算する必要が出てきます。

履歴書や書類の記載などで、
「西暦○○年って、平成○○年だっけ?」
と、インターネットで検索したことがある人は少なくないと思います。

しかも改元にあたっては当然、政府や民間のDBやシステムを平成から新元号の令和に刷新せねばならず、その対応には膨大な手間と費用を必要とします。

元号の持つ意味

この記事の冒頭でも触れた元号の意味。

元号とは暦の一種で、歴史学では支配者や指導者が空間(領土や民衆)のみならず時間をも手中におさめようとしてつくられたものと考えられています。

代表的なのが中国であり、周知の通り日本の元号も大陸から伝播したとされています。

今までの元号の語源が漢書など中国の史書からとられていることは冒頭でも記載しました。

元号は日本の伝統などと口にしても、ようするに中国由来なのです。

しかも現在の一世一元、民間への元号強制は明治から終戦までの天皇制国体イデオロギー体制の遺物ともいわれています。

日本書紀における元号

日本書紀によると、孝徳天皇の「大化」(646 年)が初めての公式な元号だとされています。

元号は現在の平成まで北朝を入れると約250もつくられました。

日本の天皇は明仁天皇で125代に数えられています。

つまり、単純換算で元号は天皇の人数の2倍の数あります。

本来現在の天皇が退位して新しい天皇が即位する際に改元されていれば、天皇の数だけ元号が存在するはずです。
これは、なぜか。

元号は政治的混乱、飢饉や天災、その他諸々の理由をつけては頻繁に変えられていたという歴史があるからです。

大衆は必ずしも元号を身近に感じておらず、日常的には干支を使っていたといわれています。

ところが、明治に入ってから大日本帝国憲法および旧皇室典範(第12条「践祚の後元号を建て、一世の間に再び改めざること、明治元年の定制に従う」)によって一世一元が定められました。

天皇を絶対的な権力として、大衆支配のイデオロギーの中心とする国体思想

そのなかにおいて改元は、まさに天皇の権勢をアピールするための重要なツールだったのかもしれません。

では、なぜ今も公的な使用を強制されているのでしょうか。

そこまで考えなくても。。。
と思うかもしれませんが、もう少しおつきあいください。

戦前の天皇制や国体思想の復活を目論んだ元号法制化運動

そもそも、明治以降、天皇制のイデオローグとして活用された元号は、第二次世界大戦での敗戦で、その法的根拠を失いました。

日本国憲法下の皇室典範に元号の定めが置かれなかったためです。

当然、こうした法的問題と戦後の国際化の流れのなかで、
「元号を使うのはもうやめて西暦に統一しようではないか」
という廃止論も盛り上がりました。

そして、昭和天皇の高齢化に伴い昭和の元号が終わりを迎える日が刻一刻と近づいていきました。

こうした流れに強い危機感を抱き、元号の法制化に邁進したのがいまの日本会議に繋がる宗教右派・極右運動家たちでした。

いま現在、元号は1979年施行の元号法によって法的な地位を得ていますが、これは彼ら極右運動体の成果であり、日本会議前史における大きな成功体験として刻まれているとされる。

日本会議とは

1997年結成の日本会議は、生長の家や神社本庁などの宗教右派が実質的に集結した日本を守る会(1974 年結成)と日本を守る国民会議(1981 年結成)が合わさって生まれたものです。

日本を守る国民会議はもともと、この元号法制化運動のための元号法制化実現国民会議が前身です。

そしてこれらの団体の実働部隊が、現在でも日本会議の中心にいる右翼団体・日本青年協議会(日青協)でした。

元号法制化運動が大きく動いた1977年、日青協が中心となって全国各地にキャラバン隊を派遣します。

彼らは同年秋に各地の地方議会で元号法制化を求める決議を採択させる運動に熱心に取り組んでいました。

日本会議の機関誌日本の息吹2017年8月号で、同政策委員会代表の大原康夫・國學院大學名誉教授が設立20年をテーマにふりかえるところによれば、元号法制化地方議会決議運動は翌78年7月までに46都道府県、1632市町村(当時の3300市町村の過半数)で決議がされました。

大原氏はこう述べています。

地方議会決議を挙げ、中央・地方に全国的組織をつくるキャラバン隊派遣など啓蒙活動を行い、国会議員の会を組織していく。
つまり、現在の日本会議の国民運動の骨格であるこの三本柱は、このときに形作られたのです

実際、当時の日青協の機関紙「祖國と靑年」は、キャラバン隊の運動の詳細や、森喜朗ら政治家を招いた大規模集会の模様を写真付きで大々的に取り上げています。

たとえば 1979年11月発行の43号では、キャラバン隊の西日本隊長だった宮崎正治氏が憲法改正を見据えて

  • 吾々の運動の大きな前進
  • 元号法成立による自信の表明

と胸を張っています。

西暦使用論が浮上するたびに、右派勢力が立ちはだかってきた

しかも彼らは、明らかに元号法の制定の先に、戦前の天皇制や国体思想の復活をみていたといわれたいます。

日本教文社から 1977 年に刊行された『元号 いま問われているもの』という本があります。

そのなかに竹内光則氏、佐藤憲三氏という日青協の運動家ふたりの対談が収録されていますが、そこでは元号法制化の意味するものと題して、こう語られています。

元号法制化運動の一番根源的な問題は、天皇と国民の紐帯をより強化する、天皇の権威をより高
からしめるというところに一番の眼目がある
われわれの元号法制化運動は、たんに元号を法制化したらそれで良いという単純な運動ではないわけですね。天皇制をとりまく付帯的な事実としての元号とか、たとえば神器の問題とか、そういう戦後の象徴天皇制の下で無視もしくは軽視されて来た問題を復活せしめて行くことによって、国体恢復への大きな流れをつくる運動なんだということが理解されなければならないと思うんです

国際化の流れの中で

国際化の流れのなかで行政文書などでは西暦を使用すべきという論が何度か浮上してきましたが、そのたびに保守勢力が強く反発し、現在まで温存されてきました。

例としては、1992年、政府の臨時行政改革推進審議会(第3次行革審)の世界の中の日本部会では、報告原案に盛り込まれていた行政文書での西暦併記が最終報告書では消されていました。

保守派や官僚の抵抗によって棚上げを余儀なくされたといわれています。

部会長を務めた稲盛和夫・京セラ会長(当時)は

タイトル
私も併記に賛成だが、義務づけると国粋主義のような人がものを言い出して、かえって変なことになるかもし
れない」と政治的な配慮を認めたといわれています。(朝日新聞1992年5月23日付)

まとめ

わたしたちが、なんとなく受け入れてしまっている元号。

もちろん用いること自体は悪いことではないですが、歴史的背景も知っておくことも必要なのかもしれません。

いずれかのマスコミが今回の改元にあたって、そもそものイデオロギー的部分の特集を組んでも面白いのかとも思います。

新しい元号は、令和。

令和
人々が美しく心を寄せあう中で、文化が生まれ育つ。
梅の花のように、日本人が明日への希望を咲かせる国でありますように。

この言葉が持つ意味のように、純粋に希望咲かせる未来であるといいなと個人的には思います。

個人的には好きであった平成

平成の記念に、クリアファイルが売り切れているようです。
平成最後の年に記念に購入するのもいいかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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ABOUTこの記事をかいた人

薬学部卒業後、そのまま大学院へ。 医療薬学を学び、患者さんのために最新の医療を実践するために病院薬剤師へ。 薬剤師で医学博士。 ここでは患者さんからの質問を調べつつ、役立つ情報を発信していければと思います。 専門は感染制御や救急、小児。お問い合わせもお気軽にどうぞ!!